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『日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし』を見て

2009 8月 10
by ベン
『日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし』を見て君のてのひらから
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NHKスペシャルで放送されたこの番組は、旧海軍の高級将校が月に1回集まって、敗戦にいたった原因を分析しようという会「海軍反省会」の録音テープがベースになって構成されていた番組です。


NHKスペシャル|日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090809.html


まず、番組の構成を、そして、印象に残った発言をもとに感じたことを述べたいと思います。
自分たちが今生きている社会、組織についてはねかえってくるような内容ばかりなので、見終わるとしんどい気持ちにさせられます。

番組の流れ

大きくわけて4つです。

海軍反省会とは

海軍反省会は昭和55年(1980)から平成3年(1991)にかけて、月に1回、旧海軍将校が集う水交会で開催されていた。
参加しているメンバーのなかには、海軍の中枢とされた軍令部のメンバーが参加していた。軍令部の面々は海軍軍学校を優秀な成績で卒業したエリート。
終戦時に公文書が政府により焼却されてしまった今となっては、この会の証言テープは当時の海軍軍部の動きを知る貴重な証言となる。

反省会の目的は「二度と失敗を繰り返さないために失敗の原因をさぐる」
この録音テープの扱いはあいまいで「海軍の恥部なので公開するつもりはなく、自由な発言」をしているようす。

なぜ、日本は開戦したのか

太平洋戦争開戦前の軍令部は石油の枯渇を恐れていた。しかし、海軍省は米国との開戦は避けたいと考えている。
軍令部総長の永野修身大将は
「海軍が戦争できないと言ったら、陸軍や右翼が内乱を起こす。内乱になると海軍は負ける。どうせ、戦争をするなら勝ち目があるうちに」
と語っていた。そこには海軍という組織を守るばかりで、日本を守るという考えはない。

「勝つと思っている連中は内乱を起こす。負けると思っている連中は内乱を恐れている」
負けると思いながら、海軍は戦争に突入したことになる。

軍令部の権限はどのように拡大していったのか

海軍の軍令部はもともと「作戦」を立てるための組織だったが、昭和8年(1933)の法令で、「兵力量」に関する権限も手にしていた。そこから軍令部の暴走は始まった。

軍令部と皇室の関係については野元少将が反省会のなかで指摘していた。
永野修身大将が総長となる前、伏見宮博恭王が9年にわたり勤めていた。「宮様の発言にブレーキをかける人がいなかったのではないか」と野元少将は指摘する。
伏見宮博恭王は昭和天皇より26歳上、日露戦争に従軍して英雄視されていた。

反省会のなかで伏見宮の側近だった赤国大佐は、一度だけ、この人事について「謀略」と発言している。
当時の海軍は、軍縮体制からの脱却をはかり、政府配下の海軍省から天皇直属の軍令部に兵力量の権限を移すように法令を出した。そのために伏見宮を軍令部総長にした。

軍令部のなかに国家総動員体制の中枢「第一委員会」という組織があったが、反省会のなかでは批判にさらされていた。
しかし、メンバーの出席はほとんどなかった。1回だけ出席したときの発言は、
「戦争に賛成したのか、反対したのか、忘れました」
「勝てると思っていたか、わからない」
「満州事変以降の大きな石が転げおちるように…」

そのメンバーは、別の場所でのインタビューでは、「アメリカの対立をあおって軍事予算を獲得し、組織を拡大した上で、アメリカとの妥結を目指す」という趣旨の発言をしている。

開戦からミッドウェー

いざ開戦となると、軍令部の面々は日々の事務におわれ、長期的な視野にたった作戦の立案・検証ができないようになっていった。
ミッドウェーの際にも、長期戦は不利とわかっていた連合艦隊司令長官からの作戦立案に対して、軍令部から別の作戦を提示することができなかった。
そして、作戦実施の決定打となったのは永野総長の「山本がそういうならやらせてみようじゃないか」の一言であった。

ミッドウェー作戦の失敗後も、責任を取るものは誰もいなかった。

感じたこと

一所懸命

全体的に軍令部の側に感じられたのは、「おれは一所懸命やったんだ」ということ。
一所懸命やったのかもやったのかもしれませんが、「なんのために、どのようにやったのか」つっこまれるとしどろもどろという感じ。
前線にいたの将校からのミッドウェー作戦を止めるために「あなたは永野総長を動かす動きをどれだけやったのか」という問いかけに対して、「課長からは言っていたと思う」と答える姿勢が、すべてのような気がします。

無責任

第一委員会の高田少将の「満州事変からの流れのなかで..」とか「国家の将来は上の人が決める」とか、実に無責任だよなと感じます。
でも、民間企業や現在の官僚組織などでも、そのような雰囲気になっているような気がします。
10年後、20年後に組織にいるのは自分たちなのに…
この無責任な感じに、批判する気持ちがあまりわかないのは、自分や身の回りであまりに見慣れた光景だからなのかな。

矛盾

「失敗を繰り返さないようにするために」議論しているのに、その結果は「恥部みたいなものだから公開しない」って、どっちですかい。

真面目

しかし、まあ、全体としては真面目に海軍反省会の議論が進んでいくものだよなと思います。
軍令部の面々はどちらかというと、批判にさらされる側だとわかっているのに会合にはしょっちゅう出席しているようだし。

これらの言葉を一言でいうなら「和」の精神ということなんでしょう。

描かれていないこと

陸軍との関係

陸軍は満州事変の時点で、実質的に戦争に突入して組織の拡大を始めています。
今回のテーマは「組織」だと考えますので、海軍が軍縮体制を抜けたいと思っている背景として、陸軍と同じくらいの規模の組織でありたいという意識があったことを描いたほうがより論点がすっきりするかと思うのです。
でもそれにあたる発言がなかったのかな?

第2回にむけて

反省会の全発言のなかから、どう切りとられているのかはわかりませんが、非常に興味深い内容です。
軍令部と前線にいる将校では直接のやりとりは、戦争中あまりなかっただろうし。

2回目が楽しみです。

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ISBN-10 : 4569709702

ISBN-13 : 9784569709703


  • ozakikazuyuki

    まとめと解説ありがとうございます。
    わたしも見ておりましたが、あっという間に終わってしまったような高い情報密度で、有益な番組だと思いました。
     
    なるべく多くの発言を引き出すべく、カジュアルな雰囲気を装って会は進行したのか、談笑混じりだったのが「無責任感」を強調しているように思いました。
     
    組織が体面保持を優先した末路は、無名戦死者の無念の山なのですね。

  • http://yourpalm.jubenoum.com/ ベン

    「やってしまった」という思いは、軍令部の面々は持っていると思うんですがね…。
    「発言メンバー全員が死んだら公開してもOK」というコンセンサスがあって、めでたく公開されたならまだ救いがあったのですが、どうやら、恥を公開しない選択をしたというのが残念でなりません。

  • hanao

    >「海軍が戦争できないと言ったら、陸軍や右翼が内乱を起こす。内乱になると海軍は負ける。どうせ、戦>争をするなら勝ち目があるうちに」
    >と語っていた。そこには海軍という組織を守るばかりで、日本を守るという考えはない。

    >「勝つと思っている連中は内乱を起こす。負けると思っている連中は内乱を恐れている」
    >負けると思いながら、海軍は戦争に突入したことになる。

    海軍という組織を守るため?発想が稚拙過ぎる。
    国論を割ることで国家が歯止めが利かない暴走を起こすことを恐れていたと見れんのか?
    NHKの物事の解釈や報道は偏りすぎだ。
    もし、海軍が弱腰に振る舞い、メディアや国民に侮られ、政変で海軍が陸軍にでも吸収されてみろ。
    国家はブレーキを失い、もっと厳しい戦争に突入することになる。海軍という組織(海軍大臣など権限)が消えれば会議で陸軍のみの主張が通り間違いなく本土決戦までいくぞ。海軍の独立があったからこそ、終戦工作が出来たんだろ。

  • hanao

    >山本がそういうならやらせてみようじゃないか

    これ真珠湾攻撃の時なんだが。。
    ミッドウェーは陸海軍合同作戦だ。NHKの番組は番組時間の関係と作成者の考えのもと一部省略して編集が加えられている部分があるから気をつけた方がいい。

  • ttte

    昭和天皇は、このことに関し、『独白録』で次のように述べています。

     「問題の重点は石油だった」と『昭和天皇独白録』で、天皇は語っています。独伊と同盟を結んだことにより、米国は日本への石油等の輸出を禁止しました。石油を止められては、「日本は戦わず亡びる」と天皇は認識していました。天皇は次のように語っています。
     「日米戦争は油で始まり油で終わったようなものであるが、開戦前の日米交渉にもし日独同盟がなかったら、米国は安心して日本に石油をくれたかも知れぬが、同盟のあるために日本に送った油が、ドイツに回送されはせぬかという懸念のために、交渉がまとまらなかったともいえるのではないかと思う」
     「実に石油輸出禁止は日本を窮地に追い込んだものである。かくなった以上は、万一の僥倖に期しても、戦ったほうが良いという考えが決定的になったのは自然の勢いといわねばならぬ。もしあの時、私が主戦論を抑えたならば、陸海に多年練磨の精鋭なる軍を持ちながら、むざむざ米国に屈服するというので、国内の与論は必ず沸騰し、クーデタが起こったであろう」。

    昭和16年11月31日、天皇は高松宮に、開戦すれば「敗けはせぬかと思う」と語りました。高松宮が「それなら今止めてはどうか」とたずねるので、天皇は次のように語ったと言います。「私は立憲国の君主としては、政府と統帥部との一致した意見は認めなければならぬ。もし認めなければ、東条は辞職し、大きなクーデタが起こり、かえって滅茶苦茶な戦争論が支配的になるであろうと思い、戦争を止める事については、返事をしなかった」と。
     同じ趣旨のことを、天皇は繰り返し語っています。「陸海軍の兵力の極度に弱った終戦の時においてすら、降伏に対しクーデタ様のものが起こった位だから、もし開戦の閣議決定に対し私がベトー(拒否)を行ったとしたならば、一体どうなったであろうか。(略)私が若(も)し開戦の決定に対してベトーをしたとしよう。国内は必ず大内乱となり、私は信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない。それは良いとしても結局、強暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来かねる結末となり、日本は亡びる事になったであろうと思う」と。
     昭和16年12月1日、御前会議で遂に対米英戦争の開戦が決定されました。天皇は「その時は反対しても無駄だと思ったから、一言も言わなかった」と、『独白録』で語っています。
     なぜ天皇は開戦を止め得なかったか、その答えを天皇自身は上記のように語っているのです。5・15事件、2・26事件では、首相らの重臣が殺傷されました。終戦時にも、玉音放送を阻止しようと一部の兵士が反乱を起こしました。天皇の懸念は切実なものだったことが分かります。

     では、開戦後、早い時期に戦争を終結させることは出来なかったのでしょうか。ここで再び三国同盟が拘わってきます。日本は12月8日、米英と開戦するや3日後の11日に、三国単独不講和確約を結びました。同盟関係にある日独伊は、自国が戦争でどのような状況にあっても、単独では連合国と講和を結ばないという約束です。ここでわが国は、ドイツ、イタリアとまさに一蓮托生(いちれんたくしょう)の道を選んだことになります。
     「三国同盟は15年9月に成立したが、その後16年12月、日米開戦後できた三国単独不講和確約は、結果から見れば終始日本に害をなしたと思ふ」
     「この確約なくば、日本が有利な地歩を占めた機会に、和平の機運を掴(つか)むことがきたかも知れぬ」

  • wase

    正確にはミッドウェー作戦については、伊藤整一、福留繁ら山本派の同情論から伝播していったらしい。