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As We May Think 我々が思考するように その1

2010 5月 2
by ベン
As We May Think 我々が思考するように その1君のてのひらから
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Twitterで「Memex」という言葉を知ってから、この言葉が生まれたもとの論文を読みたく思いました。
作者はVannevar Bush、タイトルは「As We May Think」、1945年7月の論文です。
しかし、Web上で日本語訳が見つかりませんでした。ハイパーテキストの着想もととなった重要な論文なような気がするのですが、きっと研究者は英語でスラスラ読めるのでしょう。
というわけで、全部訳してみようと試みます。このペースでは10回くらいかかるでしょうか。

この部分では「知識の総量がとてつもない勢いで増えているにもかかわらず、知識を使いこなす側の人類の能力はあまり伸びていない」という問題提起がなされています。
WikipediaでV.ブッシュの来歴を読むとより理解が深まるかもしれません。

誤訳があれば指摘してください。


参考


As We May Think 我々が思考するように

ヴァネヴァー・ブッシュ

これは、科学者の戦争ではなかった。それは部分がすべてであったものであった。
一般的な目的が、古い専門間の競争を葬りさって、多くのものを共有し、多くのものを学ぶことができた。
戦争は効果的なパートナーシップを活気づけた。
今や戦争は終わりに近づいているようだ。科学者は次になにをするのか。

生物学者と、特に医学者は、ほとんどためらうことなく、昔のままの研究を継続していけばよい。
戦争中の研究を平和なときになじみの研究室に持ちこめばいい。
彼等の研究対象はほぼ同じままである。

物理学者は激しく、奇妙な破壊的なガジェットを作るために学術的な調査をし、予期しなかった課題のために新しい手法を考案したものだ。
彼らは、私たちの同盟国の物理学者と協働して、敵を阻止するのを可能にした装置において、役割を果たした。
彼らは自身のなかに達成の興奮を感じていた。
彼らは偉大なチームの一員だった。
平和が近づいて、彼らにとってベストの価値ある研究対象を求めている。

人類が科学を用い、機械を生みだすことで得た継続的な利益とはなにか?
まず、物質的なコントロールを強めることができた。
衣食住を改良することができた。その結果、人類は安全を強化し、剥き出しの束縛から解放された。
人類は医学を進歩させて病気から解放され寿命をのばした。
物理的、心理的な相互作用に注目し、メンタルヘルスの改善がもたらされている。

科学は個人間の即時コミュニケーションを提供した。
アイデアを記録する方法を提供した。また、個人の人生より長い時間を耐え抜いてきて発達した知識の記録を操作し、抽出することを可能にした。

研究の山はどんどん大きくなってきている。
しかし、専門化が進むにつれて行き詰まっている証拠が増えてきている。
研究者は他の何千もの研究者による研究成果と結論を前に愕然としている。
次々現れる結論を理解する時間もましてや思い出す時間もないのだ。
しかし、進歩のためには専門化は必要であるが、学問領域間の橋渡しの尽力は相応に表面的になってきている。

専門的に、我々の研究結果を伝えて評価する方法は古く、今でも目的を果たすためには、まったくもって不十分だ。
もし、学術的著作を著すのに費した時間と、それら著作を読むのに費した時間を集計することができたら、その比率は驚異的だろう。
徹底的に絶え間なく読みこむことで、現在の考えに遅れをとらないように良心的に試みる人は、たとえ制限された分野であったとしても、前の月の努力がどれだけの生産をもたらしたか計算した調査を前にしてきっと尻込みするだろう。

メンデルの遺伝法則の概念は一世代損をした。
彼の理解して広げることができる人が発表にたどりつかなかったからだ。
そして、このような大損失は疑いなくあらゆることで繰替えされている。
本当に重要な偉業は、重要ではないものの塊になっている。

我々があまりにの多くの興味によってあまりにも数多くの発表をすることではなく、むしろ、記録を本当に使う側の我々の現在の能力をはるかに越えて発表が多いことが困難をもたらしているように思える。
人間の経験の総計はとてつもない速度で拡張されている。
私たちが結果の迷宮を通り抜けるために使う重要なアイテムは、横帆の船の時代に使われていたのと変わりがない。

しかし、変化の兆しがある。新しくて強力なものが実用になった。
光電池は体の感覚で幻を見ることができる。
写真は高度になり、見たものでも見てないものでも記録できる。
真空管は蚊が翅を振わせるより小さな力で、強力な力をコントロールできる。
ブラウン管は映像を表示させる。
リレー装置の組み合わせは人間が行うよりはやく正確に何千もの複雑な動きの順序を実行する。
これらのものは科学的記録に変革をもたらす機械的な補助となる。


その2に続きます。