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村上春樹風システム障害報告

それは迷惑なことだったかもしれないし、そうではなかったかもしれない。それをどのように捉えるかは人それぞれということだ。

その知らせは彼女からの電話という形をとってやってきた。朝から数えて、31通目のメールを読んでいたときのことだ。

「ねえ、ちょっと」コールセンターに勤める彼女は言った。「急に苦情の電話が増えたの。前日比200パーセント」

キーボードを打つ音が力強く滑らかに受話器を通して聞こえる。まるでショパンの『革命のエチュード』みたいだ、と僕は思った。

「発注をしようとサイトを開いたんだけど、製品のスペックが表示されない、って」 ふうん、何気なく相槌をうつ。 「今夜は遅くなりそう?」 やれやれ、察しのいいことだ。

彼女とは付き合ってもう3年になる。僕がこの会社に勤めてから、二人目の関係だ。彼女の遍歴について聞いたことはないが、似たようなものだろう。そして、今の僕達にとって、それは重要なことではない。

「コーンビーフのサンドウィッチがいいかな」 わかった、と彼女は言う。

彼女はこれからやってくるベルの嵐に備えて、考古学者が遺跡に積まれた巨石の境目をにらむような真剣さで、ネイルを見つめているだろう。それが彼女にとって何かしら意味のある儀式であることを、僕は知っている。

電話を終えると、僕は定められた手順に従って作業を行った。ただ、手順というものについて言わせてもらえるならば、完璧な手順などといったものは存在しない。完璧な絶望など存在しないようにね。

つまり、その手順には誤りが含まれていた。その誤りをどうにかすることに、僕は生きる希望とレーゾンテートルを見出したのだけど、それは別の話だから、人々の手順に対する恐ろしいまでの意識の低さについては述べないでおく。

結論を言ってしまうと、原因はデータベースのプロセスが動く、機械の故障だった。故障した機械の入れ替えが終わって復旧できたのは、いつのことだったか。その日終電に乗って帰ったことだけは覚えている。

壊れた原因は、僕には興味がないことだ。彼(いや、彼女かもしれない)も動き続けることに飽きてしまったのだろう。あるいは、海が眺めたくなったのかもしれない。

駅からいつもより少し遅い分速75メートルの速さで5分25秒歩いたところにあるドアを開けると、瞬きでぶつかり合う睫毛が発するような微かな音量でオスカー・ピーターソン・トリオのレコードがかかっていた。 そして、サンドウィッチとビール。 オーケー、完璧だ。

彼女のもてなしに、縫い針で背中を突かれるような痛みを感じながら、僕達はどちらからともなくベッドに入った。

以上