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子どもとメディアのつきあいかた

3月13日(土)に開催された「知っていますか?子どもたちのネットあそび」という講演を聴講してきました。 小学校経由でチラシをもらい、子どものネット利用の実情について、話をきいてみたかったのです。 ケータイとパソコンからでは見える世界も違うみたいですし。

当日の参加者は約45人。親子づれがだいたい15組くらいいたでしょうか。 私はひとりでの参加です。 講師は静岡大学教育学部・塩田真吾助教です。 ブログはこちら→ 静岡大学教育学部 塩田真吾 http://shingos.blog.ocn.ne.jp/

講義の内容は、Twitterでつぶやき、Togetterでまとめました。 静岡大学教育学部・塩田真吾助教 http://togetter.com/li/9223

考えたこと

メディアとコンテンツ

最近、Ustreamの放送を見たり、Twitterでのコミュニケーションを通じて

  • 「メディア」と「コンテンツ」
  • 「メディア」と「ジャーナリズム」

の区分けが、自分のなかでくっきりしてきました。

「メディア批判」とは言うけれど、その実態は「ジャーナリズムに対する批判」「コンテンツへの批判」だったりします。

「メディア」ってなんだろうなと自分に問うと、「コミュニケーションの場」だと答えが出ました。 2ちゃんねるやMixiやFacebook、Twitterを使ってきているとそう感じざるを得ない。 でも、「メディア」と聞いて「新聞」や「テレビ」のように広く同一の内容を届けるようなものを連想する人にとっては「コミュニケーション」ではなく「ブロードキャストされるもの」なんだろうなと思います。

ネットやケータイもひとつの「メディア」「メディア受信機」ですが、ネットやケータイそのものが「コンテンツ」ではありません。 「有害な情報に触れてしまうから、子どもにはケータイを持たせるべきではない!」とか言う人は、当然子どもにはテレビを見せていないんですよね? 有益な番組もあるからOK? ネットにだって有益な情報がありますよ。 いかにたどりつくか、有害なものに遭ったときにどう対処するかを身につけさせるべきではないでしょうか。 今の議論は「有害図書」「有害番組」が、メディアを変えて起きているだけのことです。

自分が実は広く発信しているという自覚

テレビのような「発信されているものを受信するだけ」のメディアとのつきあいに馴れてしまうと、双方向のコミュニケーションが乗るメディアでの振舞いが想像もできないんじゃないのかな。

「ひそひそ話しているつもりかもしれないけど、見ようと思えば見られるんだぜ…フフ」 という点を大人のほうがから子どもに伝えていくことで、防げるトラブルは多いんじゃないのかなと思います。 仕組みを知っていれば、拡声器で話しているようなもので、しかも記録に残るんだから、内緒話には向かないとわかりそうなものなんですが、そこまで考えがいたらないんでしょうね。

世代間ギャップ

このあたりは、インターネットに接続できたのが、大学生になってからの私と、小学生からケータイを持つことになった世代の差は、傾向としてあるのかなと思います。

小学校→中学校→高校→大学と行動範囲やつきあう人の数がだんだん増えていくものでしたが、今や小学校の学区から即ネットですから、なにもしらないと「拡声器でひそひそ話」をすることになるのかなと想像します。 このあたりは、意識のある親世代が子どもに伝えていくしかないのかな…とも思いますが、肝心の親がわかっていなかったりすることもあるかもしれませんね。

まとめ

  • どんなメディアでも「有害」なコンテンツは運ばれてくると割り切る
  • メディアの特性・仕組みを意識しよう(テレビとネットは違うよー)

これだけを具体例とともに子どもに伝えていければいいんじゃないかなと思います。