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若者の昔の若者離れ

若者の○○離れ

若者の○○離れだけで、これだけのネタがあるそうです。

日刊スレッドガイド : 若者の○○離れのガイドライン http://guideline.livedoor.biz/archives/51428064.html

しかしながら、以前は「若者がモノに依存している、精神面の豊かさを忘れている」という若者批判があふれていたはず… そのギャップの由来のヒントを与えてくれたのはこちらの記事でした。

今の若者はお金を使わないというが、それはたぶん、使っているところが昔とは違うのだろうと思う。昔はケータイやインターネットなどなかったので、通信費がほとんどなかった。
コデラノブログ4 : 25年前の若者は何を消費していたか

たぶん消費をしないという人たちは、ローンを組んで車や家を買っていた時代と比較しているのだろう。昔のステータスは、いい車やいい住まいだったりしたので、お金で買えた。しかし今のステータスは、Twitterのフォロワー数とかマイミク数とかなのかもしれないではないか。それらは、お金ではいかんともしがたい。
コデラノブログ4 : 25年前の若者は何を消費していたか

25年前、50年前の若者

25年前の若者は今よりモノを消費していた。 今の若者はそのころに比べて、目に見えるモノを買っていないのだということになります。 仮に若者の年代を25歳くらい、若者批判の中心を50歳くらいとすると、現在の若者批判の中心は25年前の若者になるんですよね。ただ単に自分達が若いころと同じ行動をしていないという理由だけで批判しているのではないかと感じるわけです。

では、25年前に若者を批判していたのは? 当時の50歳は、現在75歳。1935年生まれです。 1935年生まれの人が25歳だったのは1960年。高度成長期前で少年期は食うものにも困っていたと言われる時代です。 「モノに依存している」って若者を批判していたのって「モノがなかった」若者が、なんで自分達と違う行動をしているのだと言いたかっただけではないのかと。

まとめ

というわけで、若者は常に昔の若者に批判され続けるというわけなんでしょうね。 批判する側が若いころと違う行動をしているというだけで。

自分が50歳くらいになったとき、どういう若者批判をしているのかな。 「多様性がない」とか「なぜパソコンを使わない」とか言っているのかもしれない。