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『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム』を見て

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JAPPY SO-O-O HAPPY

戦争を引き起こした戦犯とされる日本陸軍は、なぜ、いつから暴走したのか。人事記録や幹部の発言を子細に追う最新の調査の結果、浮かび上がってくるのは、エリート官僚集団が徐々に変質し、中心なきまま迷走していく姿だ。当初、世界から遅れぬよう“改革”を叫んだ若手の軍官僚たちは、軍の枢要なポストを独占し思い切った机上のプランを実行に移すようになる。そして軍事戦略の違いから派閥抗争を繰り返し、やがて、現地が東京の軍中央の統制が効かないまでに混乱が広がる。
巨大エリート組織が暴走した“錯誤のメカニズム”を、まさにその組織の最前線にいた当事者が赤裸々に語る。
NHKスペシャル|日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム

番組のサイトがこちら↓


NHKスペシャル|日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム http://www.nhk.or.jp/special/onair/110116.html


シリーズを見てのエントリはこちらです。

『第1回 “外交敗戦”孤立への道』 『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第3回 “熱狂”はこうして作られた』


今回の番組で伝えたかったことは、「組織の論理」「部分最適」「現場の暴走」「改革のその後」といったところでしょうか。 また今回のキーワードも、日本の企業でよくみかける光景ですよね…

番組の流れ

番組は今回も大きく2つのパートにわかれていました。 若手改革派の組織改革から改革派の分裂抗争に至る道、そして現地の暴走を止められず日中戦争からアメリカとの開戦に至る道です。

改革の行き着く先

今回は鈴木貞一・西浦進らの肉声を中心に構成されています。 鈴木貞一 - Wikipedia


1921年10月27日バーデンバーデンのステファニーホテルで永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次の陸軍のエリート三人が集った。「日露戦争のころから進歩がない古い陸軍を刷新する」ということで3人の意見は一致した。 ヨーロッパを見た3人は「これからは総力戦の時代」であることを痛感し、陸軍士官学校16期のメンバーを中心に「一夕会」を構成し陸軍改革へ着手する。

一夕会の面々は人事に着目した。 大佐以下の人事は人事課長が決めていることに着目し、まずは岡村寧次を人事課長にしたのを足がかりに、永田鉄山を軍事課長、東条英機を参謀本部動員課長に送りこむことに成功、陸軍の実権をにぎる。 これだけ勢力を広げられれば多少の越権行為をしても、首を切られることはない。

しかし、陸軍内部の重要なポストを押さえたあとは、一夕会の内部で意見の相違が目立つようになる。 上の世代を取り払うという目標だけは一致していたが、具体的な中身はひとりひとりバラバラで会の意見を一本化することはできなかった。

そして、中身を実現できるポストについた一夕会のメンバーから現場の暴走がはじまる。 関東軍は人員が少なく、若手でも作戦の責任者になることができた。 板垣征四郎大佐と石原莞爾中佐が責任者となって起きたのが満州事変である。

永田鉄山は立場上現実路線での改革を進めていたが、石原莞爾の軍事力による満州領有の意見は現場の支持があつかった。過激かつわかりやすい「ファイナルアンサー」を出した人に支持は集まるものである。

中央と現地軍の乖離は大きくなる一方だった。


さらに派閥の抗争を激化させたのが、荒木陸軍大臣であった。 荒木貞夫は一夕会の永田を出世コースの軍事課長からはずし、ロシア駐在の経験がある小畑敏四郎を重用した。 このとき冷遇された永田鉄山をリーダーにしたのが「統制派」、重用された小畑の側は「皇道派」と呼ばれ、派閥抗争は激化していった。

永田は軍でなく、外務省、宮中などの支持をとりつけて巻き返しをはかるが… 1935年8月12日、永田鉄山は皇道派の軍人に暗殺された。

結果、両派はリーダーを失い、2.26事件へとつながっていく…

セクショナリズム

満州事変の中心人物は、東京に戻ると歓喜の声で迎えられた。 中央の指示をまたずに勝手は軍事行動を起こしたのであれば、処罰の対象となるべきところ、昇進、勲章をもらうことになった。 これが前例となって、天津軍の酒井隆大佐、盧溝橋事件の時に攻撃を許可した牟田口廉也大佐のような模倣者を生んでいった。 陸軍組織全体の利益より自分の功名、現地の利益優先という行動が処罰されることなく広がっていったのだ。


そして、そのような陸軍の体質は、アメリカとの戦争につながるのであった。 戦後、アメリカとの開戦時に軍務局長にあり、処刑された武藤章大佐は経費削減のために奔走していた。 日中戦争が始まったあと、現地軍は増える一方で現地司令官のポストは陸軍大臣経験者のような、大物軍事の出先ポストとなっていた。 中央側は人員削減と引き換えに軍備の近代化を進めたかったのである。

それに反発したのはかつての改革派だった。 セクションの長になったものは、組織全体の利益ではなく、セクションの利益を最大化を目的とした行動をしてしまうものなのか。 現地第11軍司令官となっていた岡村寧次の反発、実行担当者だった西浦進中佐への参謀本部から圧力などを経て、最終的に武藤は現地の意見、予算削減の先送り案に妥協してしまう。 中央側の立場の弱さは、その直前まで現地にいた…ということからくるものであった。 武藤も軍務局長になる直前は北支那方面軍参謀副長だったのだ。

しかし、一戦して和平にもちこむはずの戦闘に勝利するものの、中国のナショナリズムを刺激する結果となり、結局泥沼の戦いへとひきこまれることになる。

思うこと

政友会と民政党の二大政党とか「今の官僚組織」と同じで…とか現在の情勢のありようと結びつけようとするナレーションや解説が蛇足な感じがしました。無理に結びつけようとしなくてもいいんじゃないかなぁ…

また海軍反省会のシリーズでは、海軍軍令部の責任を問うような話もありましたが、陸軍は責任の所在もあったもんじゃないなというのが印象です。

とはいえ、現場が「利益あげているんだからいいじゃん」とか「いいものづくりをするためには必要なんです」などといって部分最適に走る光景は、現在でも日常茶飯事ではあるな…との思いもあらたにしました。 「痛みをともなう」改革に賛同しても、自分が痛い思いをするのはイヤですもんね。はい。

番組の最後の鈴木貞一の肉声「満州から帰国して靖国にいったら遺族がたくさんいた。ああこんなに人が死んでいるんだ、申し訳ない」というのが悲しく聞こえました。ここで退いたら遺族からの反発がある…ということを最優先にして行動したらそうなるんでしょうね。

鈴木貞一氏には「サンクコスト(埋没費用)」という言葉を送りたいと思います。 埋没費用 - Wikipedia

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学

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次回は、この手の番組ではあまり取り上げられた記憶がない「マスコミ」がテーマです。 どのように描かれるのか楽しみ。

満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)

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