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フィレンツェ式 VS ヴェネツィア式

フローチャート関連の議論のあと、システムエンジニアってなんだろうと考えていて、ふと思い出した塩野七生氏の文。 分業についてです。

ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)

ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)

ルネッサンスが花開いたフィレンツェはこんな感じ。

『ルネサンスとは何であったのか』(文庫版 P.87)

また、当時の工房が、美を追求することならば何でも引き受けるというシステムであったのも、フィレンツェ人の気質に合っていたのだと思う。絵画や彫刻にかぎらず、祭りに使われる旗から御婦人方の衣装や宝飾品、机上の置物から大建造物と、図面を引いたりデザインを考えたり金銀や銅を溶解したりと、あらゆる種類の仕事が工房では行なわれていたのです。その仕事の進め方も、専門ごとに分れていたのではない。見習い期間中はとくに、必要となればどこにも手助けに行かされる。絵具の調合をしていたと思ったら、金属を溶く火の前でふいごを手にしているという具合です。 (中略) そして、何でもやれねばならなかった工房という学校で学んだ後に独立し、それ以後は得意な分野で才能の花を咲かせるのが、フィレンツェの芸術家の生涯のコースだった。

一方、ヴェネツィアは 『ルネサンスとは何であったのか』(文庫版 P.88)

画家は絵だけに、建築家は建築だけに専念していたヴェネツィア人とは大きな違いですね (中略) ヴェネツィアでは、効率性を重視したから専門化したのではなく、ヴェネツィア派の絵画の台頭が、フィレンツェ派の成功の後を追って成されたという事情によると思います。専門化とは、相当な成果があがった後ではじめて効果を発揮できるシステムだから。

今まさに、システム開発にとっての「専門」の定義が変わるときなんでしょう。 「ホスト」でのシステム開発で大きな成果をあげてしまった反動なのかもしれません。 分業体制とか、作りかたとか、ホストの名残りであることが多いですからね。

ホストでの開発も最初はフィレンツェ式で、みんななんでもやっていたんじゃないかなぁ。

もう一度、フィレンツェのような渾然一体に戻ってみる時期なのかもしれません。そうすればソースコードを書けないような人は淘汰されていくんでしょう。

私自身は思考も指向も、「フィレンツェ式渾然一体型」なんだと思います。 だいたい、専門職と言われるのが好きではありません。なんだよ基盤の専門職って。 製品買って組みあわせるのが基盤か? システム作るのにやれることはなんでもやるんじゃないの? データ設計とか担当外だからって口出しちゃだめなの?

やばい、愚痴になってきた。